笑顔




 果たされるだろう約束に思いをはせるに、ヒノエは前に考えていた名案を思い出す。
 その笑顔をさらに輝かせたかったからかもしれない。
「お前の誕生日も祝ってやるよ」
 さも当然のことのように言った。
 面白そうな行事を自分が独り占めするわけにはいかない。
 何よりこの少女だから祝ってやりたかった。
 望美に話を聞いたとき、一番に頭に浮かんだのがだったのだから。
「本当ですか!?」
 驚きながらも喜色に染まっていく表情を見て、満足げに瞳を細める。
 作戦は成功したようだ。
「あ、でも、何日だか知らないです」
 思い出したように呟いて、肩を落とす。
「そんなのは雁堆にでも訊けば平気だろ。
 あいつもけっこう子煩悩だしな」
 元は烏の頭と呼ばれ、先代片腕とも懐刀とも称された男のことだ。
 一人娘の生まれた日くらい分からないはずがない。
「そうなんですか?」
 きょとんと目を瞬かせる少女は、自らがどれほど愛されているのか気づいていないのだろう。
 熊野の地に、熊野の民に、熊野の烏に、熊野の神に、……熊野の主に。
 そして今は世界を救う龍神の神子とその仲間たちに。
 可愛がられ、守りたいと思われ。
 けれど当の本人は、ヒノエを守りたい、と真っ直ぐな瞳で告げるのだ。
 おかしなことだがそこがまたらしい。
 だからこそ。
 いつもいつでもいつまでも尽くしてくれる彼女のために、何かしてやりたい。
 『誕生日』はちょうどいい理由になると思ったのだ。

「でも、ヒノエさまに祝ってもらうだなんて、恐れ多いです」
 迷惑をかけたくないから素直に喜べない、というように眉を八の字にする。
 遠慮深い少女が殊勝な意見を発するのは良くあることだ。
「気にすんなよ。
 じゃ、成人の儀の前に呼び出したのは何なんだ?」
 過去の話を引き合いに出す。
 別当を継いでようやく落ち着いてきたころのこと。
 の成人の儀が行われた。
 儀式の当日の朝に『大人になる前に話したいことがある』と言伝があったのだ。
 二人して忙しい日だというのに、少年は約束の地まで駆けていった。
 あの後、雁堆を始めとして、烏や祭司に説教をくらったのは、いまだに苦い記憶だ。
「あ、あれはっ! …………確かに、すっごく失礼なことしてたんですね、私……」
 今になって気づいたらしく、目線がだんだんと下がっていく。
 声もしぼんでいって、最後の方は聞き取りづらい。
 感情が表に出やすい少女は見ていて飽きることがなかった。
「だから気にすんなって言ってんだろ。
 お前はオレの幼なじみでもあるんだかんな。
 もっと堂々としてていいんだ」
 大切な烏で、幼なじみで、友人で、ずっと共にある存在。
 ヒノエの守りたいものの一つなのだから。
 もう少しくらいは胸を張っても大丈夫なはずだ。
 必要以上に笠に着るような奴ならば、ここまでの付き合いにはなっていないのだから。

「昔から一緒にいる友人として、祝ってやるよ」

 が喜びそうな言葉を選ぶ。
 相手の望むものを提供するのは心を掴むための、交渉を優位に進めるための定石。
 『誕生日』を祝うために、知識の一片を使う。
「ということは、その……」
 まだ何か渋る訳があるらしい。
 理由にピンときて、そんなことかと笑みをこぼす。
「ああ、こじんまりと、な」
 大げさな宴でも開いたら少女は畏縮してしまうだろう。
 自身のために何かをされることが得意でないのは、昔から変わらない。
 町で買ってきたものを部下や女房に配っていたときに、始めのころは手も出さずに硬直していたのだ。
 もらっていいのか分からなくて困っている、と顔に大きく書かれていた。
 懐かしい思い出に、表情をゆるめてを見る。
 夕陽色の瞳を嬉しそうに煌めかせて、ヒノエを見上げてきていた。

「ありがとうございます! ヒノエさま!!」
 最上の笑顔だった。
 初夏の眩しさを増し始めた太陽のような。
 見ているだけで気持ちが晴れ晴れとしてくる、希望の輝きだった。

「お前が笑っててくれんなら、いつまででも祝ってやるよ」
 少女の頭を大切なものを扱うかのようにそっとなで、ヒノエは独り言のようにささやいた。








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 以上、「ヒノエ誕生日記念フリー夢小説」でした。
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   笑顔バージョン。こっちの方が二人とも幸せそう?
 正統派ルートって感じですね。
 「初夏の〜」や「夕陽色」というのはずっと使いたかった表現です。
(2007/4/1)