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日記やらチャットやらで書き散らしていたのなどを、「いつ君」のものだけ集めました。
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01. 決戦当日 〜熊野の地で〜
少年はただ海を眺めていた。
何をするでもなく、前方を睨みつけるように。
まるで親の仇を見るような目で。
ふ、と。
張り詰めていた空気が散じる。
少年は青い海から視線をはずし、青い、吸い込まれてしまいそうな空を仰ぐ。
まるで恋しい者を探すかのような目で。
けれどそれも一瞬のこと。
少年は振り返る。
遙か彼方に、かすかに人と分かる影があった。
少年は朗らかに笑んだ。
宝物を見つけた者のような目で。
本当に嬉しそうな顔をしていた。
少年へと向かってきているであろう人影が、だんだんと姿を明らかにする。
少年と大して年の変わらない、少女のようだった。
少女は必死に走っていた。
大切なものを失いかけているかのように。
少年は駆け出した。
待ちきれなくなったのだろう。少女の方へと。
二人は互いから決して目を逸らさず、ただ目指す。
己の『特別』な者を。
それは、少年の父と少女の父が、海を渡って敵地に赴いた、次の日のこと。
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02. 少女にとっての約束
大事なのは、気持ちだと思うんです。
無理かもしれないけど、がんばりたいって。
そう思ってした約束なら、意味のないものじゃないですよ。
誰にだって、未来は分からないんですから。
予測できない事態だって、いくらでも起きます。
そんな時に大切なのは、やっぱり、その人の『心持ち』かなって、私は思います。
気持ち一つで何が変わるんだ、って言う人もいますけど。
自分の心と話し合って決めたことなら、後悔も少なくすみますから。
物は考えようってことですね!
約束が守れないことが、悪いんじゃないんです。
守ろうって努力をしないことが、いけないんです。
守りたいって思いが本物なら、それでいいんですよ。
私は、そう信じていたいんです。
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03. 鈍感 な 彼女
朝一番、学校に行くために家に迎えに来ていたは両手で小さめのプレゼントボックスを持っていた。
中身が何なのか瞬時に理解したヒノエは、口はしをニヤリと上げる。
いや、今年もあるだろうと期待していたというべきか。
「ヒノエ先輩、おはよーございます!!
クッキーです♪」
朝の挨拶をして、すぐに差し出してくる。
きっと中には彼のことを考えた、甘さひかえめのクッキーが入っているのだろう。
去年はビターチョコタルトだったが、なかなかの味だった。
年々腕を上げている少女の作る菓子はバレンタインの一つの楽しみだった。
「サンキュ。部屋に置いてくる」
「じゃあ待ってますね!」
受け取って居間を出ようとする少年にかけられた言葉。
深い意味などないのだろう。
けれど何となく嬉しかった。
******
「あ、ヒノエくん、敦盛先輩。
はい、義理チョコね。」
部室に三人で行けば男組には可愛らしくラッピングされた四角い箱が渡される。
「私からも義理チョコをどうぞ」
朔からも上品な丸い箱をもらった。
どちらも、見るからに店で売っているもの。
そのことはいいのだが、きっぱりと告げられた言葉に苦笑する。
「二人とも、ありがとう」
敦盛はどうやら気づいていないらしく、微笑んで礼を言う。
それとも気づいていても嬉しいものなのだろうか。
「望美も朔も、そんなはっきり言わなくたっていいんじゃない?
さすがに傷つくよ」
悲しそうな顔を作って言うと、望美と朔は当然とばかりに反論する。
「だってからちゃんともらってるでしょ?
本命は一つじゃないとね」
「そうよ。欲張ってはいけないわ」
二人は楽しそうに顔を見合わせて、ね〜? と笑っている。
隣の話題の真中にいるはずの少女は、意味が分からずに首をかしげていた。
その様子にヒノエは密かにため息をつく。
今すぐに分かってほしいと思っているわけではないが、こうも自覚がないとさすがに困る。
ホワイトデーは覚悟してろよ、と横目を向ける。
三倍返し程度で済ますつもりなど毛頭ない。
相手に意識してもらわなければ何も始まらないのだ。
イベントは最大限に活用しなければ。
誰が見ても分かるような闘志を燃やしながら、一ヵ月先の計画を立てるのだった。
「まあ、無理でしょうけどね」
部室の隅で弁慶がポツリとこぼした言葉を聞いたは、やはり訳が分からずまた首をかしげたとか。
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04. ねがいごと
願い事があるんです。
ずっと、子どもの頃からの望みなんです。
叶えばいいなって、思ってるんです。
でも、誰にも言えません。
絶対、誰にも言いません。
きっと、悲しそうな顔をするだろうから。
やんわりと、はっきりと、諌められるだろうから。
そんな願いを抱かせたのは自分たちだと、苦しむだろうから。
優しい皆さんに、つらい思いをしてほしくないんです。
だから、一生誰にも言いません。
『流れ星が消える前に願い事を三回唱えられたら、何でも叶うんだよ!』
そう、得意顔で教えてくれたのは、望美さんでした。
望美さんは試したことがあるんですか? って訊いたら、あるけどいつも失敗するんだと神妙な面持ちで話してくれました。
それでも諦めずに何度も挑戦するのが、望美さんのすごいところですよね。
私も見習いたいです。
『迷信に頼るような願いなんて、そのくらいの確率でしか叶わないって言う戒めなのかもな』
譲さんは少しだけ悲しそうに笑って言っていました。
声音には諦めが含まれていたような気がします。
きっと譲さんは叶わないって分かりきっている願い事がかるのだと、その時に感じました。
どんなに難しいものでも、叶ってほしいです。
譲さんはとっても良い人ですから、神様もそれくらいのご褒美はくれるんじゃないでしょうか?
きっと、譲さんなら大丈夫だって、思います。
叶ってほしい願い事があります。
叶えたいんじゃなくて、叶ってほしいんです。
だって、こればっかりは本当に神さま次第ですから。
私には、決められないことだろうと思いますから。
もし。
もし、私が死ぬ時は。
ヒノエさまのために、死にたいんです。
それだけです。
みんなに反対されそうな。
みんなを困らせるような。
みんなが、悲しむだろう。
そんな、私の大切な願い事です。
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05. 熊野が大好きです!
暖かな、何てことない日だった。
「私、熊野が大好きです」
何てことないように、は笑顔で言い切った。
ためらいも、迷いも。
その声音からはまったく感じられなかった。
少しの嘘も、誇張すら含まれてはいない。
あるのはただ、純粋な愛郷心。
「……ああ、オレもだ」
ヒノエも笑みをこぼして頷く。
真っ直ぐな思いが心地良かった。
「だから――」
先程よりも優しく、穏やかな表情でそっと囁き、言葉を区切る。
続きを促すようにそちらを見やれば、絡まる視線。
山林の湧き水よりも澄んだ瞳に捕らえられた。
「熊野のために力を尽くしてくれる別当さまも、大好きです」
神に祈りを捧げるときのように緩やかに、はっきりと告げられる。
嬉しかった。泣きたくなるくらい嬉しかった。
自分を認めてくれているのだと、信頼してくれているのだと思えて。
けれどそれと同時に、どうしようもない不安に駆られた。
いつまで、だろう?
こうして共に過ごしていられるのは。
はヒノエの大切な存在である前に、熊野の烏だ。
『烏たる者 公平であれ。
烏たる者 懸橋であれ』
常に統治者と民の中間にいなければならない。
決して、片寄ることはない。
もしヒノエが一歩でも道を踏み外したなら。
少女は……離れていってしまうだろう。
何も言わなかった。
何も言えなかった。
言葉にしたら現実になってしまいそうな、そんな気がして。
「別当さま?」
ヒノエの弱さを知らない少女は、首をかしげて彼を呼ぶ。
いや、知らないのではない。
少年が必死に隠しているから、無意識に知らない振りをしてくれているのだ。
誰よりもヒノエを理解しているから、誰よりも傍にいるから。
誰よりもヒノエに詳しく敏く、……故に疎い。
「いや、何でもない」
考えを飛ばすように、軽く首を振った。
悪く考えようと思えばいくらだってできてしまう。
重要なのは、それを現実にしないこと。
烏は熊野に仕える。
ならば熊野をより良い方に導ける別当であればいいのだ。
彼が統治者で良かった。そう言われるような。
できない、とやる前から諦めるなんて、自分の性分ではない。
「やってやろうじゃねえか」
ヒノエは小さくそう呟いた。
が首をかしげたが、彼は気にせず笑みをもらす。
それはいつものように自信に満ちた、不敵な笑みだった――。
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