あの日から青年は時々顔を見せるようになっていた。
一緒に洗濯をしたり、話をしたり。
穏やかでにぎやかで平和な日々が、続いていた。
洗濯日和の小さな幸せ
簀子の吹き掃除が終わって一息ついていたとき、唐突に景時は現れた。
「かじ……景時様」
いまだに言い慣れない名を呼ぶ。
彼に『梶原様』は他にもいるからと、下の名で呼ぶよう言われたのは二度目に会った日のことだった。
下女中でしかないが他の梶原様と知り合うなどありえないことだったが、景時は笑顔で釘を刺したのだ。
「名前で呼ばないと返事をしない」と。
「や〜、は相変わらず働き者だね〜」
明るく変に間延びした言葉には、不思議な愛嬌がある。
いつも通りの彼には自然と笑みをこぼす。
この青年の前だと、少女は身構えることなく、あるがままでいられるのだった。
「今日はまた一段と楽しそうにしておりますね」
そう言うと景時は一層笑みを深くして、実はね? と袖を探る。
中から小さな漆器を取り出してふたを少しだけ開ける。
「じゃじゃーん!
干し杏、おいしそうでしょ?
女中さんが去年作っといたらしくて、少しだけくれたんだ〜」
鈍いだいだい色をした果物に、目を丸くする。
可愛らしい大きさのものが、四つ。
確かに甘くておいしそうだった。
「半分こしよう♪」
その言葉にさらに目を見開く。
「ですが……」
と語尾をにごす。
自分にはありあまるお誘いのように思えた。
通常、は甘いものを口にすることなどない立場。
もったいないのでは、と遠まわしに断る。
だが彼は一枚上手だった。
「そのために持ってきたんだから、一緒に食べないと意味がないよ〜」
ね? と漆器を少女に押しつけるように手渡した。
思わず受け取ってしまい、困って首をかしげる。
どうすればいいのだろう?
人付き合いの苦手な彼女には、対処の仕方が分からない。
けれど。
景時の好意が嬉しいとも感じていた。
この人には自然体で接しよう、と決めて微笑を浮かべる。
「お気遣い、ありがとうございます」
心のままに深く頭を下げて、青年の隣に座る。
二人の間に漆器を置いて、ふたを取った。
ほのかに甘い香りがただよってくる。
「じゃ、まずは一つずつね」
中から二つ取り、片方を差し出される。
それを軽く礼をして受け取った。
「いただきま〜す」
異世界の挨拶らしい言葉を告げて彼は杏をほおばる。
その姿が可愛らしくて、くすくすと声をもらしてしまう。
十を数える子どもがいてもおかしくないはずの景時は、自らが幼子のような振る舞いをすることがあった。
なんとも微笑ましい様子に、見るたび笑みを禁じえないのだ。
「う〜ん、おいしいな〜。
も食べてみなって!」
そう促されて、早速いただく。
口の中に広がる甘さが心地いい。
優しい甘味に少女は顔をほころばせる。
「おいしいです」
見たときに思ったとおり、とてもおいしかった。
二口、三口と口に運ぶ。
おいしい。
甘いものなどほとんど食べたことはなかった。
果実を口にしたことはあったが、おそらくこれは砂糖漬けしたもの。
今まで味わったことのない甘みに、は幸せにひたる。
「そんなにおいしそうに食べてくれると、持ってきたかいがあったな〜」
声が聞こえた方を見ると、本当に嬉しそうな笑顔。
それほどまで表情に出ていただろうかと、両手を頬に当てる。
……少し、ゆるんでいるような気もしなくもない。
彼女のその様子がおかしかったのか、景時は声を上げて笑い出した。
そんなに面白かっただろうか?
何となく恥ずかしくて、彼を軽くにらんでしまう。
「あはは、感情を素直に表に出せるのは、いいことだよ」
なおも笑みをかみ殺しきれずに語るのでは、説得力に欠ける。
むう、と頬をふくらませると、さらに青年は笑った。
「ごめんごめん。
さ、残ってるのも食べちゃおうよ」
言って寄こされる杏にすぐに機嫌を直す少女に、やはりまた景時は笑顔を浮かべる。
甘い香りにつられてしまう自分が少し憎い。
けれど口に入れるとそんなことも忘れて、おいしそうな笑みをこぼすのだった。
こうしてたわいない日々を送る、小さな幸せ。
笑って、怒って、二人で過ごす大切な時間。
いつまでも変わらなければいい、と少女は密かに願うのだった。
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シリーズ化してみました。
今回ちょっと短めですが、まだ続く予定だったりします。
あ、あはは〜。
洗濯日和の小さな○○で統一します。その方が楽だから(笑)
洗濯日和シリーズ、よろしくお願いします!!
(2006/10/30)