変わらない年が来る
いつもと変わることなく夜が来る。
今年最後の、綺麗な星空を見に、少女は外に出た。
何の気なしに大きな木の下まで歩いていくと、いないはずの姿があった。
「よ」
軽く手を上げて、声をかけてくる。
「若さま」
なぜここに、と訊く必要はなかった。
いつものことだから、だ。
「また逃げてきたんですか?」
答えを知りながらも確認をする。
隣に座って、普段のように手をつないだ。
「まあな」
少年は悪びれることなく笑う。
大祓えである今日は大規模な宴が開かれる。
父も自分も呼ばれ、子どもだからと早く帰された。
若は嫡男としての役目があったはず。
人の目を盗んで抜け出してきたのだろう。
彼は自由を好む。
縛り付けられることを誰よりも嫌う。
嫌なことからはすぐに逃げる、そんな奔放なところがあった。
「今年が終わりますね」
夜空を見上げて、は呟く。
枝の間から輝く星々が覗いていた。
また一つ、年を重ねる。
大人へと一歩近づく。
この日を共にいられるというのは、とても幸せなことかもしれない。
「そうだな。
いろいろと忙しくなる」
神に仕える身である少年は、面白くなさそうにぼやく。
責務が面倒くさい、とその顔は語っていた。
「来年もきっといい年ですよね」
「だと、いいな」
彼も空を仰ぐ。
ずっと、同じように何事もなければいい。
平安な日常を過ごせることだけが願いだった。
ゆるやかに、時が流れていく。
白い息が闇を彩る。
静かな澄んだ空気のみが存在していた。
寒いのに不快ではなかった。
心が凍えていないから。
熊野の優しい気に包まれているから。
不意に、少年がこちらを向く。
視線を合わせて、次に来る言葉を待つ。
彼のまなざしは温かかった。
握られている手に力がこめられる。
「今年もよろしくな、」
口はしを上げて告げられる。
嬉しかった。
変わらない年が来るのだと言われているようで。
毎年、必ず繰り返される。
新しい年も一緒にいられるように。
自然と笑みがこぼれる。
喜びで胸がいっぱいになった。
「はい!」
少女は元気に返事をした。
変わらず夜が来るように。
変わらない年になるのだと。
新年の挨拶は、何よりも特別だった。
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「お正月記念小説」です。
史上初の短さです。
過去話は書いてて楽しいですねv
地の文で「ヒノエ」って出せないのが、ちょっと大変ですが。
(2007/1/1)