ねえ、どこにいるの?





「姫様、落ち着いて聞いてくださいませ」

 そう切り出したのは誰だっただろうか?
 姿も、声も、言っていたことも、良く思い出せない。
 けれど、それから世界が一変した。
 日の輝きが見えない。花の色が分からない。鳥の歌声が聞こえない。人のぬくもりが伝わらない。
 いつも感じてた、綺麗なもの、楽しいもの、好きなものたちが全部消えてなくなってしまった。


 これは夢?
 また昼寝をしてしまったのかもしれない。
 それでは後で女房にたしなめられてしまう。
 小兄にもきっと笑われてしまう。
 あーちゃんにも、心配かけてしまうのに。

 ――そうだ、夢だ。

 ずーっと一緒なんだもの。
 いなくなったりなんて、しないもの。
 また遊ぼうって、約束したもの。

 あーちゃんが、『死んじゃった』なんて、あるわけないもの。



「姫、お加減の方はいかかでしょうか?」
 ぼんやりと、耳に慣れた女性の声が聞こえた気がした。
 振り返るといつの間にか気遣わしげな乳母がすぐ近くにいる。
 に単衣をかけてくれたみたいだ。
 夢でも、やっぱり心配性なんだ。
「めのとぉ、を起こして?」
 早く悪夢から抜け出したくて、お願いをする。
 優しい乳母なら、きっと分かってくれる。
 がつらいときはいつも助けてくれたもの。
 夢の中でも、乳母は乳母のはずだもの。
「姫様?」
 乳母は困ったような顔をしている。
 いつもなら、温かな微笑みを浮かべて、「大丈夫ですよ」って、言ってくれるのに。

「この夢、怖いの」
 不安で不安で、怖いの。
 『大事なもの』がなくなってしまったの。
 笛の音が、聞こえないの。
「姫様……」
 今度は泣きそうな顔をした。
 どうして?
 こんなに悲しくて、こんなに苦しくて、こんなに寂しいのに。
 何で助けてくれないの?
 ぎゅって、してくれるだけで、安心できるのに。
 柔らかい笑みを見れば、安心できるのに。
 を二番目に理解してくれているはずなのに。
 乳母が助けてくれなかったら、大変なのに。


 この夢には、一番のあーちゃんがいないんだから。


 ******


 それからずっとは夢から覚めなかった。

 みんな、みんな。
 をなだめるように接してくる。
 誰も、誰も。
 あーちゃんが生きてるって、肯定してくれなかった。
 夢は夢じゃないんだと、夢であってほしかっただけなんだと、はゆうるりと理解する。



 病気がひどくなってからは毎日のようにお見舞いに行っていた。
 心のどこかでもうすぐ会えなくなってしまうのだと、分かっていたからかもしれない。
 そんなことにはならないと強く否定しながらも、やっぱり不安になって。
 まだ大丈夫だと確かめて、安堵する日々。
 果物、菓子、花。
 敦盛の気を紛らわせようと用意するものは、いつもの気をも紛らわせてくれた。

 あの、約束をした日も。
 小さく白い、粉雪のような花を袂にたくさん乗せてもらって、持っていったのだ。

『お花がね、きれいだったから、おみやげ!』
 そう言ってばらまいた白い花は、敦盛の深い紫の髪にも鈍い藍の掛けものにも良く映えた。
『小さくて、可愛らしい花だな』
『でしょ? あーちゃんにお似合いだと思ったの!』
 嬉しそうに微笑んだ敦盛に、も満足げに笑った。
 彼は面食らったように一瞬止まって、苦笑をこぼした。
『私よりもの方が似合いだろう。
 可憐で、純朴で、そのものに思えたが』
『そっかなぁ?
 ん〜、あーちゃんがそう言うなら、それでもいいよ』
『……そうか』
 困ったような、でも楽しそうな柔らかな笑み。
 いつもは心が温まるものなのに、何だか不安になって口を開く。

『このお花ね、のお家に咲いてるの。
 たくさんあったからお願いしてもらって来たんだよ。
 だから、まだまだ咲いてるんだよ』
 静かに話を聞いてくれてる敦盛の両手を挟むように強く握る。
 外に出れなくなってさらに白くなった肌は頼りなくて。
 食が細くなり動くことも少なくなってさらに細くなった腕は不確かで。
 は『怖い』と思った。
『だからだからね?
 元気になったら、また遊びに来てね?』
『……
『すぐは無理でも次の年もあるし。
 他にもきれいなお花とか一緒に見たいな。
 今度こそ碁も勝ちたいもの。
 あ、まだ練習中だけど、いつか琴であーちゃんの笛と合わせてみたい』
 は思いついた端から言いつのる。
 何でも良かった。
 とにかく近い未来の『約束』をしたかった。
 ともすれば手の届かない場所に行ってしまいそうな彼を、少しでも自分につなぎ止めておきたかった。
『……そうか』
 伏せられた敦盛の顔を覗き込む。
 紫水晶の瞳が一瞬だけ揺らいだ気がした。
『ね、ね? 約束だよ?』

『そう、だな。
 私が元気になったらまた世話になろうか。
 と花を愛で、碁を打ち、共に音を奏でたい』

 顔を上げて一つ一つの音をかみ締めるように発する。
 ちゃんと言葉として返された、約束。
 それだけなのにこれ以上ないくらい安心した。
『うん♪ 約束だよ!
 だから早く、早く元気になってね?』
『……ああ』
 敦盛は小さく頷いてから、綺麗に笑んだ。
 文字通り花のような、笑みだった。
 風が吹けば簡単に折れてしまいそうな、儚く淋しげな笑みだった。



 分かってたのかな? 分かってたよね?
 あーちゃんはきっと、誰より自分の身体のこと分かってた。
 絶対に無理なことなんだって分かってた。
 でもに心配かけたくなかったから、約束してくれたんだね。
 今ならにも分かるよ。
 ……今にならないと、分からなかったよ。

 ねえ、あーちゃん?
 あのお花はまだ咲いてるんだよ?
 あーちゃんに似てるから、とっても好きだったお花なの。
 そういえばあーちゃんはに似てるって、言ってくれたね。
 に似てるからこのお花、気に入ってくれたのかな?
 どう、かな?
 そうだったら……すごい、嬉しい。
 嬉しすぎて、悲しくなるよ。
 あーちゃんと一緒に見れないなら、お花だって可哀想だよ。
 あーちゃんがどこにもいないから、もうどうしていいか分かんないよ。

 ねえ、あーちゃん?
 あーちゃんは今、どこにいるの?








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 敦盛夢はどうやっても切なくしかなりません……。
 まあゲームの敦盛さんルート自体が切なさ満載ですからね!
 ヒロインの性格、実はかなり自分好みに設定してしまったんですよね〜。一般受けするのかな?
(2009/4/27)