二四幕 歓喜




 京邸に出向いた少女を待っていたかのように、門の外に望美たちの姿があった。
 何か用事でもできたのだろうかと考えながら近づくと、

「ごめんね、!」

 皆の前にいた彼女が、いきなり頭を下げてきたのだった。
 これには、常に冷静であるべき烏のでもさすがに動揺する。
 いや、信仰心の厚い烏であるだからこそ、動揺したと言うべきかもしれない。
「の、望美さん!?
 頭を上げてください!」
 龍神の神子であられる方に頭を垂れさせるなど、言語道断。
 しかもそれが自分に向けてだなんて……、と少女は混乱しながらも必死で頼んだ。
「今日ね、と遊ぶ約束してたけど、無理になっちゃったの。
 だからごめんっ!」
 が頼んだおかげなのか、話すためにかは分からないが、望美は顔を上げた。
 すまなそうな表情は、約束を守れなかったからだろうか?
 彼女はの嘘にも演技にも気づかずに、ただ自分を思いやってくれていたから。
 心優しい神子に罪悪感を覚えながらも、少女は微笑んだ。
「私、大丈夫ですよ。
 望美さんは神子さまで、助けを必要にしてる人がたくさんいます。
 今日はその人たちのために時間を使ってください」
 無理になった、とは他に火急の用ができたということだろう。
 そしてこちらの世界に知人の少ない彼女に用ができたとすれば、それは白龍の神子としての仕事だとすぐに分かる。

、本当にごめんなさいね。
 比叡の近隣に怨霊が現れてしまったらしくて。
 すぐに封印しなければ、お寺の方々にも迷惑をかけてしまうのよ」
 申し訳なさそうに声をかけてきたのは、黒龍の神子である朔だった。
 己にその能力がないことを憂えているようにも思える、悲しげな表情で。
 “比叡”という単語に、は弁慶を密かに見やる。
 彼は、相変わらず感情の読めない笑みを浮かべていた。
 恐らくはあの男の差し金だ、と心の内でだけ顔をしかめる。
 怨霊の出現する場所など選べるわけもないが、“近隣”なんて広範囲すぎだ。
 きっと怨霊の存在を事前に知りながら、あえて昨夜にでも望美に話したのだろう。
 から望美を遠ざけるために。
 それまで比叡の者が困るだとか、考えることなく。

「気にしないでください、朔さん。
 怨霊がいたら私たちも大変ですし、場所が分かってるならすぐ行かないとですよね」
 笑顔を崩さずに、は言った。
 わざと彼女との接触を絶つやり方は気に入らなかったが、怨霊がいて困るのは何の力もない民だ。
 熊野しか知らなかった少女が、京を知り。
 そこに住む民たちをも案ずるなんて、変な話かもしれなかったが。
「悪いな、
 おわびに、今度来るときにはまたプリンを作ってやるから」
 同い年なのに兄のような譲が、そう頭をなでてくれた。
 あの舌の上でとろけるおいしさを思い出して、は心からの笑顔になる。
「本当ですか?
 楽しみにしてますね!」
 少女の返事を手を上げて応えながら、彼は戻っていった。
 ……業を煮やした九郎に、引きずられるようにして出発しようとしている、彼女の下へと。

「あ!! じゃあ次の約束しないと!
 ちょっと忙しくなりそうだから、六日後ね〜!」
「分かりましたー! お気をつけて!」
 遠くなりつつあるに、思い出したように望美は声を張り上げた。
 それに少女も半ば叫ぶように返す。
 はたから見れば妙な光景だったかもしれない。
 けれど約束できるということが、今のには嬉しかった。
 次が、あるということだから。
 いつ会えなくなるともしれない彼女と、もう少し一緒にいられるということだから。

 先ほど盗み見たヒノエの顔を頭に浮かべる。
 まるで望美との時間をつぶしたのが自分だというような、悔しげな表情。
 もしかしたら弁慶を止めようとしてくれたのかもしれない。
 彼の優しさが、に勇気を与えてくれる。
 悲しまない、苦しまない勇気を。

 また、望美たちと遊べる。
 その事実は、今の少女には喜びしか生まない。
 偽りの関係だろうとかまわなかった。
 皆と共にいるのは楽しい。
 それに、変わりはないのだから。

 は本当に幸せそうな笑みをこぼしながら、六波羅へと戻る道に足を向けた。



 偶然か、必然か、……それとも運命か。
 少女をこの地と切り離す報を持った一羽の鳥が、すでに姿を見せ始めていた。








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 ヒロインがやっと本当に神子たちとの関係を納得できました、というお話。
 でもって珍しく、引きがあります。どうなる次回。鳥って何!? と思っていただければ。
 今回はヒノエの出番がちょっとだけ。これから数話、彼の出番はないです。
(2013/9/27)