「今日も素敵な洗濯日和〜、と♪」

 良く分からない鼻歌を歌いながら洗濯物を次々と干していく、見知らぬ男性。
 はそれをただ見ていることしかできなかった。





洗濯日和の小さな出会い






 空はくもりない青で、綺麗な白い雲が流れている。
 隣には楽しそうに洗濯物を竿に通している男がいた。

 どうしてこうなったのだったか。
 確かそう、自分は普通に洗濯をしていたのだ。
 やっとすべて洗い終わって、竿に干していたら、彼が来た。
 いわく、
『楽しそうだね〜、オレにもやらせてもらえないかな?』
 人好きのする笑顔に頷いてしまったのが運のつきだったか。
 こうして今に至るのだった。

 だいたい、この人は誰なのだろう?
 なぜこんなところにいるのだろう?
 いきなり洗濯物を干させてほしいだなんて、酔狂だ。
 京邸で雇われた人だろうとは思うけれど。
 訊きたいことはいくらでもあるのに、口は開かない。
 こんなとき、自分の人見知りをする性格を恨みたくなる。
 初めて会った人とはまともに話せないのだ。

 そうこうしているうちに大半を干し終わった男性は、う〜ん、と大きく伸びをする。
 そしてこちらに振り返ってきて、はびくりと体を強張らせる。
 少女の様子に気づいたのか、ああ、と男は優しげな笑みを浮かべる。
「オレ、別に怪しいもんじゃないから平気だよ〜。
 っていっても、充分怪しいか……」
 そう言ってうな垂れる姿がおかしくて、思わずふき出す。
 初対面の人の前で笑ったことなんて今までなかった。
 けれどとても気持ちがいいものだった。
「あなたは誰ですか?」
 今度は普通に訊くことができた。
「あ、オレ? オレはね〜」


「――梶原様!!」

 声のした方を見ると、京邸の門兵らしき人がいた。
 はあわてて頭を下げる。
 戦乱の世は、戦える人の方が偉い。
 警備する者もそれに含まれるのだ。

 頭を下げながら、不思議に思う。
 梶原様、と門兵は言った。
 誰のことだろう?

「あっれ〜、どうしたの?」
 のんきに男が尋ねる。
 まるで自分が『梶原様』だというように。
「武蔵坊弁慶殿から書状が」
 門兵も気にせずに話す。
「弁慶から?
 ……分かった、すぐ行く」
 急に真剣な声音に変わって、は驚く。
 先程までののほほんとした空気とまるで違ったから。
 門兵の去る足音が聞こえる。

「ってことだから、ゴメンね。
 また今度、洗濯物をやらせてよ」
 その言葉に頭を上げる。
 にこやかに、けれどハキハキと話す姿は、やはり別人のよう。
 頷いて、まだ誰だか聞いていないことに気づく。
「あの、あなたは……」
 最後まで言わせずに、男は口を開く。


「オレは梶原景時。
 一応、この邸の主だよ」

 かじわら、かげとき。あるじ。
 理解が遅れる。
「あ……すみません!!
 なんとご無礼なことを……!」
 急いでその場にひれ伏す。
 本来、顔を合わせることなどない方。
 肩を並べて洗濯物を干していただなんて、信じられないことだ。
「気にしなくていいよ、オレがわがまま言ったんだしさ。
 ほら、頭を上げてよ」
 手を伸ばされたのを取らないのは失礼だと思い、その手を借りて立ち上がる。
「本当に、申し訳ありません」
 もう一度頭を下げる。
 何度謝っても許されないことをしたとは思っていた。
「いいっていいって」
 軽く手を振ってそう言ってくれる。
 ふと気がついたように顔をひそめる。
「あのさ、オレが洗濯物を干してたことは、内緒にしといてもらえるかな?」
 小声で確認してくる。
 秘密にしておきたいことなのだろうか?
 御家人のことは分からないので、とりあえず頷く。
「あ、はい。
 かまいませんが……」
 言うと、彼は途端に笑顔になる。
「良かった〜。ありがとね」
 その表情が可愛らしくて、も自然と笑みをはく。

「また、洗濯物を干させてもらえると嬉しいな」
「はい。喜んで」
 本心からの言葉だった。
 初めて会った人と、これだけ和やかな雰囲気になるのはめずらしかった。
 彼の持つ独特の空気のおかげかもしれない。
「じゃあ、またね!」
 手を大きく振って駆けていく姿がやがて見えなくなる。
 よし、と気合いを入れなおして、残りの洗濯物を干してしまおうと思い立つ。



 空を仰ぐと、綺麗な晴れ渡った青。

 確かに、素敵な洗濯日和だった。








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 出会いイベントで、本来洗濯をするはずの女中さんたちは何してんのかなあ? という疑問から。
 こんなことがあってもいいかな〜、と。
 ど、どうなんでしょうね?
 間に題名を挟むのって、始めてやりました。
 HPならでは、かな。
(2006/10/7)