用意してます





 ずっと、譲がそわそわしている。
 その理由を嫌と言うほど知っているは苦笑しながら、鍋の中のカレーが焦げないようかき混ぜていた。
 野菜炒めにする人参を細切りにしている手が、一瞬止まって、また動く。
 野菜をボールにまとめて、ふとリビングを振り返る。
 はっきり言って、かなりうっとうしい。

「望美ちゃん、遅いね」
 五度目のため息を聞いたところで、耐えきれなくなっては声をかける。
 フライパンを熱していた譲が明らかにびくついた。
「あ、ああ。そうだな」
 わざとらしくずれてもいない眼鏡を上げ、油を引く。
「まあ何かあったら連絡が来るだろうし。
 久々だから、話し込んでるんだろ」
 豚肉を炒めながら、話す。
 そこまで分かっているのに、なお気にしている兄の背中を軽く叩いて。 

「料理に集中しないと怪我しちゃうよ?」
 ニッコリとは言った。
「……そうだな」
 はあ、と六回目の息をはいて、譲は頷く。
 熱気に少しくもった眼鏡の奥の目がそらされる。
 彼なりの照れ隠しだ。
 妹にまで悟られて恥ずかしいのだろう。

「望美ちゃんのことだから――」
 の言葉をさえぎるように、玄関が開く音がした。
 鍵を持っている人間は限られているから、望美だろうとすぐに分かる。
「やっほー。私も今日はこっちに泊まることにしたから!」
 元気な声がキッチンまで響き渡る。
 やっぱり、とは心の中で呟く。
 賑やかなのが好きな彼女のことだから、そう来るのではないかと思っていた。
「だってよ譲、良かったな」
 将臣のからかうような声に「何が?」と望美の疑問の声。
「だったら少し量を調節しないといけませんね」
 からかいを無視しながらもかすかに嬉しそうに、譲は現実的なことを言った。
 まあ、多めに作ってあるので問題はなさそうだったが。
「良い匂い〜。
 ずばりカレーだね!」
 望美がキッチンの方まで来て言う。
 人差し指でも突きつけていそうな勢いだった。
「ピンポーンピンポーン。
 景品は花形の人参で〜す」
「やった〜♪」
 クイズ大会の司会者のようにが返すと、本気なのか望美がはしゃぎだす。
 とは言ったものの、そんな物が作れるほど自分は手先が器用じゃない。
 は隣の譲をちらりと見て、
「だって。がんばってね、譲お兄ちゃん?」
 と朗らかに告げた。
「……分かった」
 観念したように譲がうなだれるのは、その後すぐだった。



 いつもはしまってあるテーブルを将臣に出して来てもらい、それを拭いている時。
「姫君と食べられるなんて、嬉しいね」
 ヒノエが望美を口説いているのを聞いた。
 この調子ではさぞかし譲に危険視されていることだろう、とは呆れる。
「あっちでもよく食べてたじゃない」
 望美は普通に返事をしている。
 彼女にしてみれば仲間以外の何者でもないらしい。
「いや、今回はもいるからね。
 格別だろ?」
 ニィ、とお馴染みの不敵な笑み。
 に向けられた視線をわざと無視して、は台拭きをゆすぐためにキッチンに駆けた。
 だから、慣れていないのだ。
 たとえ挨拶程度の気持ちであっても。
 流し台に立つと、横にいた譲に「お疲れ」とばかりに頭をなでられる。
 そう、こうやって甘やかされることしか知らずに、は育ったのだから。

「もぉ、ちゃんはあげないからね!」
 望美の変な方向の返答に、リビングに戻ってきたは苦笑する。
「ちょっと、私、望美ちゃんのものじゃないから」
「え? 違った?」
 きょとん、と彼女は素で首をかしげた。
 敵わない。は本心からそう感じた。
 きっと望美には一生かかっても、太刀打ちできないのだ。
 それはとても幸せなことかもしれない、となぜか思った。

「……望美ちゃんは最強だね」

 が負けたように笑うと、朔がその肩にぽんと手を置く。
「私もいまだに勝てないのよ?」
 ふふ、と嬉しそうな笑み。
 同士を見つけられたことを喜んでいるのだろうか。
「神子が一番強いよ」
 白龍ののんびりとした言葉に、皆は失笑するのだった。








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 譲お兄ちゃんとの仲の良さを書きたかったのです。
 それと、望美ちゃんの最強(?)っぷりも。
 ヒロインは譲より破天荒で望美より常識人、という微妙な立ち位置。
(2013/1/22)