馬鹿にします
それからも制服から着替えて、二人はリビングへと再び戻ってきた。
「入ってもへーきー?」
「ああ、楽しいもんが見れるぜ」
扉の前で訊くと、笑いの混じった将臣の声が返ってきた。
首をかしげながらもは戸を開く。
そして見えた橙の髪の男の間抜けな格好に、ぷっと吹き出した。
「やっぱり九郎さんは馬鹿けってーかな」
「くっ……!」
面白そうに笑んだに、九郎は悔しげに言葉を詰まらせた。
反論できるわけがない。
九郎は明らかに間違った着方をしていたのだから。
普通は後ろにあるはずのフードが、前に来ているのだ。
まるでよだれかけのようにも見えるそれに、は込み上げてくる笑みを止められない。
「さん、違いますよ。
九郎は少し物覚えが悪いだけなんです」
弁慶も面白がっているのか五割増しくらいの笑顔で茶々を入れる。
「それ、フォローになってねぇ」
将臣もの反応に満足したようで、うきうきと突っ込んだ。
けれどカタカナが混じってしまったがために皆が首をかしげる。
「庇いきれてないってことね。
それじゃあ阿呆なんだ。それともマヌケ? ぼけてる?」
は即座に補足をし、ついでに九郎いじめを続けた。
「ドジとかおたんこなすとかか?」
将臣も乗り気で悪口を並べ立てていく。
あ〜、と口を挟みたそうな景時やら、困り顔の敦盛をちらりと確認し、そろそろやめた方がいいだろうかと思案する。
楽しげに見ている弁慶やヒノエは問題外だが。
「……お前ら!! 人を何だと思っているんだっ!」
ついに耐えられなくなったのか、ふるふると小刻みに震えていた九郎が怒鳴る。
怒り心頭といった様子の青年に、将臣とは目を合わせ、それから九郎に向いて、
「おもちゃ」
「からかいがいがあるヤツ、じゃね?」
ほぼ同時に言った。
九郎はぐっと眉根を寄せて押し黙り、うつむく。
どう言葉を返せばいいか考えあぐねているようだった。
「二人ともその辺にしておけよ。
そっち終わったなら、手伝ってくれないか? 」
九郎を救ったのは、意外にも譲の登場だった。
キッチンから顔を出した緑のチェック模様のエプロンを着た兄が、に声をかける。
「うん、いーよ。
今日は何?」
匂いで大体の見当はついたが、一応尋ねてみる。
「簡単にカレーだよ。
カツも買ったし、温泉卵も作るから、トッピングには困らないだろ。
ちゃんと甘口と辛口とで分けるしな」
大人数への配慮が伺える献立だった。
甘口にはきっとはちみつと牛乳も入れてくれるのだろうと思うと、嬉しくなる。
「やった♪
さすが譲お兄ちゃん」
譲に駆け寄りながら、は褒める。
兄の料理は大好物だった。
「あ、九郎さんのために激辛作ろうよ!」
ふと閃いては悪戯な笑みを浮かべる。
はは、と将臣はおかしそうに笑い、九郎はよく意味が分からないなりに嫌な予感がするのか顔をしかめた。
「……やめておいた方がいいと思うぞ?」
「は〜い。残念」
飽きれたような譲にやる気のない返事をする。
仕方なくキッチンの入口にかけてある、黄色と桃色のチェック模様のエプロンを羽織った。
「ホントに見てて飽きないね、姫君は」
腰の後ろで紐を結んでいたに、ヒノエは声をかける。
面白そうに傍観していた彼らしい台詞だ。
「見せ物じゃないんだけどー?」
「女性は共有の財産だろ?」
ニヤリと不敵な笑み。
そういう問題ではない気がするが、この少年に言っても通用しなさそうだ。
「異議あり! 被告人は女性を金銭で取引できると思っております!」
代わりには混ぜっ返すようなことを言う。
「異議を却下します」
「ナイス突っ込み。さすが譲お兄ちゃん」
即座に返された言葉に、先ほどと同じように褒める。
はあ、と譲がため息をついた。
「逆裁かよ。
つか腹へった〜」
将臣が限界とばかりにソファーの肩掛けに体を預ける。
「もう、将臣兄はそればっかり」
まったく、と少女は腰に手をあてた。
本当に変わっていない、とこういう時に思う。
けれどかすかに違和感があるのだ。
少しだけではあるけれど、咄嗟の身のこなしやら、会話の端々に。
それを感じるたびには寂しいような切ないような心地になる。
「じゃあ急いで仕上げるか、」
少女を振り向いてかけられた言葉に、
「りょーかい」
気持ちを切り換えるようにわざと大きめな声で返事をした。
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引き続き九郎いじめ続行です。
フードがよだれかけは、迷宮で使ってみたかったネタだったり。
空白の二週間で色々と変なことをやらせたいですv
(2008/12/24)