一五幕 欺騙
今日もは京邸へと足を進める。
門番とも顔なじみとなっており、快く通してくれた。
「、いらっしゃ〜い!」
「良く来たわね」
笑顔で出迎えてくれた二人に、も笑みを浮かべて手を振った。
「いらっ、しゃい?」
白龍が異界の挨拶を真似する。
そのたどたどしい様子が可愛らしくて、三人で声を上げて笑った。
負い目は、感じなかった。
自らを欺くことを覚えたから。
ずっと罪悪感で壊れそうだった。
つらくて、つらくて。
押しつぶされてしまいそうだった。
だから。
神子たちと過ごしている間は、真実から目をそらす。
自分には望美に生き写しの姉がいて。とても仲が良くて。
戦中ではぐれてしまっていて。
それで彼女を姉と間違えて抱きついてしまったのだ。
嘘を、本当にする。
そうすることで、なんとか平常心を保っていた。
苦しくならないように。
己を、守るために。
「今日はね、譲くんがケーキを作ってくれるんだ!」
望美が嬉しそうに話す。
「『けえき』ですか?」
分からない言葉を聞き返す。
彼女との会話には、知らない単語が良く出てきた。
そのたび気になってしまい、尋ねるのだ。
「望美の世界でのお菓子だそうよ」
「はちみつぷりんの、友だち」
朔と白龍が順に説明してくれる。
菓子ということは甘いものなのだろう。
はちみつぷりんのおいしさを思い出してみる。
……できあがるのが楽しみだ。
******
「お待たせしました」
四人で貝合わせをして遊んでいると、廂から譲の声が届いた。
「運ぶの、手伝います」
男に近寄り両手を出す。
半分より少ない量を受け取って、神子たちのもとへと向かう。
「悪いな」
「いえ、当然のことですから」
は微笑んで首を振る。
前に助けてもらったこともあり、礼儀正しい譲が少女は好きだった。
「やっぱりはいいお嫁さんになれるね!!」
握りこぶしを作って望美が力説する。
変なところに真剣になるのは、彼女の美点だった。
「そんなことないですよ」
曖昧な笑みで答える。
実際、この年までそういった話は一切出たことがない。
特に興味もないので、別にかまわなかったが。
けれど、両親に孫の顔を見せてあげたい気持ちはある。
きっと数年もすれば相手も見つかるだろう、と気楽に考えていた。
「は可愛いから、よりどりみどりだよ!」
確信を持っているらしい神子には、苦笑するしかなかった。
「ねえねえ、どうして緑色なの!?」
すぐに目の前の甘味につられる望美に、彼女の方が可愛いとは密かに思う。
しかし確かに『けえき』は不思議な色をしていた。
植物のような色合いだ。
「抹茶味の蒸しケーキだからですよ。
黒蜜かあんこをつけて食べてくださいね」
丸くて大きなものを切って、手際よく器に分けていく。
黒い液体と濃紫の餡がそれぞれ小皿に入っていた。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
譲が言い終わる前に、望美は蜜に手を伸ばす。
おもむろに『けえき』にかけて、匙で口に運んだ。
「ん〜、おいし〜!!
譲くんは大天才だね♪」
満面の笑顔を浮かべて言う。
「それなら良かったです」
言われた方も満足げに息をはき出した。
好意を持っている人に誉められて、嬉しくない者はいないだろう。
「本当においしいわ」
「譲、すごい!」
続く二人の言葉に少女も一口食べてみる。
ほのかな苦みともちもちとした食感に、やみつきになりそうな味だ。
後から来る甘みが全体をうまくまとめていた。
「とってもおいしいです」
笑みをこぼして、告げる。
みんなに誉められて譲もかすかに笑った。
「――おっ。やあ、神子姫様。
従者を引きつれて宴かい?
オレもぜひ交ぜてほしいものだね」
唐突にヒノエが姿を現した。
京邸で会うのはこれが初めてだ。
いつかは来ると思っていたが、突如、対面が叶ってしまった。
「あ、ヒノエくん。
従者ってなんのこと?」
神子はのんきに質問をする。
「教えてもいいけど、オレの分だけ飯がなくなっちまうのはイヤだから、黙っておくよ」
つまりは譲のことなのだろう。
ヒノエが淡い恋心に気づかないはずがない。
どうやら彼で遊ぶのが楽しいらしい。
譲が力一杯に少年を睨んでいるが、効果はなさそうだ。
「で、そっちは。
……、だったよな」
確認するように、こちらに目を向けてきた。
自然をよそおっているのが分かる。
嘘の上手な彼のかすかな様子の違いにも、幼いころからずっと同じ時を過ごしているから、気づけた。
つい、笑みがもれてしまった。
「あ! だめ!!
絶対、手出しちゃだめだから!」
大声を出して、をかばうように仁王立ちする。
いきなりどうしたのだろう?
行動の意味が分からず首をかしげる。
朔は面白そうにくすくすと笑みをこぼしていた。
「姫君、何か勘違いをしていないかい?
女と見たら誰でも口説く、って」
ヒノエの言葉で理解する。
つまりは守ろうとしてくれたのか。
望美の善意が素直に嬉しいと思えた。
まあ、にはその必要はないだろうが。
演技とはいえ、今さら甘い台詞を言うわけがない。
「え? 違ったの?」
きょとんと、さも当然だというような顔をする。
少年が心外そうに眉をひそめた。
彼女には悪気はまったくないのだろう。
分かっているからこそ、ヒノエが可哀想になった。
「望美は特別さ」
言って、神子の手を取る。
それでも望美は納得がいかないように口を引き結んでいた。
普通、ここまで言われてしかめっ面の女性はいない。
そこが彼女の魅力の一つなのだろう。
「でも、朔にも言ってたよね」
それっておかしくない? と問題点を挙げる。
「神子姫様にはそれ相応の敬意を払わないといけないからね」
彼がもっともらしい言い訳をするが、
「敬意の払い方、間違ってると思う」
望美が冷静なつっこみを入れる。
的を得た言葉につい噴き出してしまった。
百戦錬磨のヒノエも、白龍の神子には敵わないらしい。
「とにかく、はあげないから!」
少年の手を振り払って、を抱きしめる。
彼女の腕の中は温かい。
「ずいぶんお気に入りらしいね。
……ちょっと妬けるな」
小さな呟きを耳のいいは聞き逃さなかった。
ヒノエは望美が好きなのか、と少女は思う。
大好きな二人が仲良くなるのはとても嬉しいことだ。
微力ながら、応援しよう。
そう決意した。
「まあ、よろしく」
いまだ抱きつかれたままのに向かって言う。
「あ、はい。よろしくお願いします」
できる限り不自然にならないように対応しようと心がける。
ここで、初めて会ったのだ。
嘘を本当にするために、自分に言い聞かせた。
「ほら、ヒノエの分だ。
どうせ食べたいんだろう?」
「話が分かるじゃねえか」
「やっぱりそれが狙いだったんだね」
交わされる言葉も、話半分に聞いていた。
彼女に良く似た姉がいて。
戦で生き別れて。
それで間違えて抱きついてしまって。
だから、今……ここにいる。
偽りは変わることはない。
それでも必死に、真実から逃れようとしていた。
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今すぐにでも壊れてしまいそうな心、を表現できてたら嬉しいですv
望美ちゃんはヒロインの方が好きなようですね。かなりの同情込みで、ですが。
「ちょっと焼けるな」って台詞はどちらに変換してもOKということで!
(2007/4/15)