二幕 始動




「別当さま〜! 別っ当さま〜!!」

 冬も明けきらぬ、まだ風に寒さを感じる季節。
 いつもと変わらない日にいつもと変わらない声が響いていた。
「うっせーな。
 んな大声出さなくても聞こえてる」
 木の上から降ってきた声は、不機嫌だった。
「そうだったんですか?
 反応なかったから、てっきり気づいてないのかと……」
 きょとん、としては言う。
「お前の都合にいちいち付き合ってられるか」
「と言いつつ、今喋ってますよね。
 別当さまは面倒見良いですもんね!」
 長い長いため息を別当がついた。
 その様子には首をかしげる。
 何か悪いことを言ってしまったのだろうか?

「んで?
 何か用事があったんじゃないのか」
「あ、そうでした!
 先代さまがお呼びです」
「それを早く言えよ」
 と、またため息一つ。
 どうやら自分は主の機嫌を損ねることしか出来ないようだ。と思うと、少し悲しくなった。


 ******


 湛快の部屋に行くと、彼は人好きのする笑顔で迎えてくれた。
「ああ、
 ちゃんと呼んでこられたんだな、偉いぞ」
 開口一番に言われたのは、あまり嬉しくない褒め言葉だった。
「私だってこれくらいは出来ますよ!
 これでも熊野の烏なんですから!」
「これでも、ねえ」
「……あ」
 失言と、は手で口をふさぐ。
 一言多いのは少女の欠点だった。
「で、話は?」
 そんなをどうでもよさそうに一瞥し、別当は湛快に話を戻した。
「いや〜、すまんすまん。
 それでだな、話というのは……」
 一度言葉を区切り、相手の反応を見るのは湛快のくせらしい。
 はのほほんとしながら、別当と湛快を見比べていた。
 良く似てるな〜、と言った日には少年に怒られるのが分かりきっているので、口は閉じたまま。
 湛快は余裕の笑みを浮かべて、別当の方を向いている。
 少年は焦れたのか、早く話すように目で訴える。

「お前、京に様子見に行くんだってな」
「ああ、近々な」
 告げられた言葉は、には思ってもみないものだった。そしてその答えも。
「え!? そうだったんですか?
 私、初耳です!」
 本当に初めて聞いた、驚きの事実。
 彼は熊野の別当だ。
 弱冠ながら熊野を一つにまとめ上げるほどの統率力を持ち、責任感も強く、けして役目から逃れない。
 そんな彼がこの時期に突然京に行くなんて、信じられなかった。
「お前は黙ってろ」
「……はい」
 黙っていろと言われたら、黙るしかないのがだ。
 自分は烏で、彼は主。
 どんな命令も『絶対』だった。
「それ自体は問題ないんだがな。
 まあ、端的に言うと」
 そこでまた言葉を切り、にやりと笑って、

も連れて行け」
 爆弾発言をした。

「「はあ!!?」」
「なんでこいつを連れてかなきゃなんねえんだよ!」
「え、ちょっ、本気ですか先代さま!」
 矢継ぎ早に二人は話す。
「おーおー、威勢のいいこった」
「真面目に聞け!!」
 おかしそうに言った湛快に、少年が噛み付く勢いで怒鳴る。
 も後ろで話が飲み込めないと首を傾げる。
「ちょうど良いだろ。
 は一度も京を見たことがない。
 広い土地勘を持つことは、烏として大切だ。
 特には記憶力がすぐれているから、一度通った道は忘れない。
 お前が一緒なら手っ取り早く済むだろ?」
 な? とでも言うようにの方を見てくる。
「で、でも……」
 湛快の説明は、一見正しいように感じる。
 けれど納得できないこともある。
 なぜ、今でなければならないのか。

「……遊びに行くんじゃねえんだぞ」
「当たり前だ」
「絶対、足手まといになる」
「先入観にとらわれるのは、感心しないな」
 低い声で言う別当に、間髪いれず真面目に答える湛快。
 彼らの眼差しは真剣そのものだった。
「…………」
 少年は口を開くが、言葉が音になる前に閉じる。
 何と言っていいか決めかねているようだった。
 もどうしていいのか分からず、ただ小さくなっているしかなかった。
「つーことだ。
 ま、頑張れや」
 一人陽気な声でそう告げる湛快に、は今更ながら、自分の感が正しかったことを知る。

 自分にも決定権なんてない、ということを。



 突然決まった京への旅。
 そこで何が待っているのか、このときは知るよしもなかった。








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 湛快さん好きです。
 この先にどんな試練が待ちうけているのか。
 原作知ってる人なら、だいたい分かりますよね〜。
(2006/10/7)