五幕 到達




 それから更に山道を行き、二人はついに都入りを果たす。
「京ってにぎやかですね、ヒノエさま!」
 少女は開口一番にそう言った。
「勝浦には劣るけどな」
 ヒノエは口のはしを上げて自信満々に言う。
 確かに、とも思う。
 むしろ、京と勝浦では、根本が違う。
 京は都のある場所であり、政治の中心地。
 勝浦は、貿易が盛んな熊野の要所。
 にぎやかで当たり前なのだ。

 されどさすがは、京。
 海や山の幸ではおとるものの、装飾品などの繊細さは目を見張るものがある。
「おい、あんまりちょろちょろすんなよ」
「あ、すいません」
 店の売り物に見惚れていたときにヒノエに声をかけられ、はっと目的を思い出す。
 遊びにきていたわけではないのだった。
 と、気づくと同時に、さっさと先を行くヒノエを不思議に思う。
「どこに向かってるんですか?」
 迷いなく進んでいるように見えるのだが、どこに向かっているのだろう?
 疑問を口にすると、すぐに答えが返ってきた。
「鳴のところだ」
 聞きなれた名前に、ああ、と納得する。
「鳴さん、京にいるんですよね」
 彼女が熊野を発ったのは冬。
 今は、春というにはまだ寒さの残る季節。
 鳴はその間、ずっと京にいたはずだ。
「ああ。あいつから届いた情報に、面白いのがあってな」
「気になってわざわざ京まで来ちゃったんですね?」
 そう言うと、ヒノエは顔をしかめる。
 それを見てまた何かいけないことを言ってしまったらしい、ということにようやく気づく。
「まあな」
 言って、彼は苦笑した。


 ******


 六波羅にいくつかある隠れ家の一つの前で止まると、いきなり戸が開く。
「あらあら、来てしまったんですね」
 笑顔で迎えてくれたのは鳴だった。
 ひとりでに戸が開いたのかと驚いたは、その姿に安堵する。
 気配で二人が来たことが分かったということには、感嘆してしまうが。
「来ちゃ悪かったのかよ」
 彼女の言葉に諦めのようなものを感じ、ヒノエは口を尖らせる。
「熊野別当といたしましては、ね。
 気楽な小舟ではないのですから」
 そう揶揄して鳴はため息をこぼす。
 元来、彼女は――いや、烏というものは、口をつつしむことを知らない。
 主であっても思ったままを話すのだった。

「小言はいい。
 あれの真実性は?」
「怪しい情報は流しませんわ」
 には分からない言葉が二人の間を飛ぶ。
 あれとはなんだろう?
 何かの情報のようだが、少女にはまるで検討もつかない。
「その言葉が聞きたかった。
 行くぞ」
 口もとに笑みを浮かべて、ヒノエは先に行ってしまう。
「へ、え? あ、はい!」
 あわててはその後を追う。
 鳴が笑顔で見送っていたことなど、少女が気づくはずもなかった。


 ******


 鳴がいたところに程近い場所に、二人が隠れ住む家はあった。
「何だったんですか?」
 話の意味が分からなかったは、着くと早速訊く。
 誰にも聞かれないところに来るまで、ずっと待っていたのだ。 

「龍神の神子」
 一言、呟くように答える。
 龍神の神子の伝説は、熊野の烏としてある程度は知っている。
 京が危機におちいったとき、龍神からつかわされる二人の神子。
 彼女らは力を合わせ、京を災いから救うという。
 それがどうかしたのだろうか?
「それも、白龍の神子が現れたらしい」
 言われて、一瞬意味を取りかねる。
 現れた……ということは。
「で、伝説だったんじゃないんですか?」
 困惑を隠しもせずには尋ねる。
 伝説とは、史実――実際にあった歴史ではないから、伝説という。
 それが存在するだなんて、信じられなかった。
「だから、真実を確かめにきたんだ。
 鳴がああ言うってことは、少なくとも白龍の神子と名乗る者はいるんだろう。
 そいつが本物かどうかが問題だ」
 ヒノエは腕を組んで、考え込むように首をひねる。
「どうやって確かめればいいんでしょう?」
「まあ、封印の力を見せてもらうのが手っとり早いな」
 封印の力とは、理から外れた存在を浄化する力。
 伝説の中での白龍の神子は、怨霊を無にかえすために使っていた。
「そんな簡単に見せてくれるものなんですか?」
 それは難しいことだろう。
 本当にあるとすれば、尊い力なはずだ。
 手にぶら下げているとは思えない。
「さあな。
 いざとなれば、怨霊がいそうなところに誘い込むってのも手だな」
 なんでもないことのように言うヒノエには目を丸くする。
「そんなの危険ですよ!!」
 怨霊を相手にするだなんて絶対にしてはいけない。
 それがどんなに危ないことか、彼だって知らないはずはないだろうに。
「女性に怪我させるようなこと、このオレがするわけねえだろ。
 そのときは全力で守るさ」
「それが危険なんです!」
 それこそしてはならないと叫びを上げる。
 いざというとき、彼は自らを犠牲にしかねないから。
 はそれが怖かった。
 そんなことは、あってはいけない未来だ。
「べっ……ヒノエさまは、自分の身を大切にしてください!!」
 泣きそうになりながら必死になって思いを伝える。
 にとって、大事なのはヒノエだ。
 だから、危険なことはしてほしくなかった。
「ああ、分かってる。
 熊野別当が大きな怪我でもしたら大変だもんな」
「そ、そうじゃなくて……」
 何かがずれている、とは思った。
 自分が言いたいのは、そういうことではない。
 けれど、うまく言葉にならなかった。

「安心しろ、オレは平気だ」

 ヒノエはそう言いきった。
 彼の笑顔を見ていると、安心感で胸が満たされる。
 大丈夫、心配ない。
 不思議とそんな気がしてくる。
 だからは、心から返事をすることができた。
「はい」



 彼の言うことなら、どんなことだろうと信じられる。
 少女にとって、彼はそれほどの存在だった。








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 やっと京に着きました〜。
 少女にとってヒノエがどれほどの存在か。
 これからがんばって書いていきたいです。
(2006/10/13)