八幕 遭遇




 昨日話したとおりに、二人は鳴の隠れ家へ向かっていた。

「でも鳴さんを帰すってことは、彼女の仕事はどうするんですか?」
 道すがら、これからのことを話す。
 あまり、詳しい内容までは言わないようにしながら。
「オレたちでやるしかないだろうな」
「大変そうですけど、がんばります!」
 握りこぶしを作って彼を見上げると、ヒノエはため息をつく。
「お前は意気込みすぎなんだよ。
 もっと気楽にしてろ」
 言って、軽く頭を小突かれる。
「は、はい!」
 心配してくれたのだ、と気づいては笑みをこぼす。
 ヒノエは目をそらして口を開く。
「もともとオレが来たのはそのためでもあったんだ。
 難しく考えることはねえよ。
 じゃあ、行くぞ」
 その言葉に頷いて、小走りで進む彼の後を追った。



 それを先に見つけたのは、の方だった。
「あ、ヒノエさま!」
 目に飛び込んできた意外な光景に、足を止めてヒノエを呼ぶ。
「ん?」
「あれ見てください」
 と人差し指で向こうの通りを示す。
 六波羅の、やや荒れた町並みにまったく溶けこんでいない、異質な存在。
 長い髪を後ろに垂らし、奇妙な服装をした少女。
 白龍の神子、と言われている女性である。

「……何やってんだ?」
 ヒノエはため息と共に呟いた。
 彼女はそれほど浮いていたのだ。
「探し物、というより人捜しって感じですか?」
 辺りを見回す動きから推測する。
 物を探しているにしては、目線が人の顔の高さだった。

 ふと、視界の端に柄の悪い人影が映る。
 そちらに目をやると、男は狩りをする者のような目をしていた。
 彼の視線の先には――。
「あっ」
 は思わず声をもらす。
 あの男は、白龍の神子を狙っている。
 ヒノエの舌打ちする音が聞こえた。
 彼も気づいたのだろう。
 男が歩を進める。いまだ誰かを捜している様子の神子に向かって。
 いてもたってもいられず、少女は助けに行こうと足を出した。
 が、ヒノエに肩をつかまれて動けなくなる。
「オレが行く。
 お前はどっかに隠れてろ」
 小声でそう言って、彼は颯爽と歩きだす。
 はあわてて隠れられる場所を探した。
 近くの小屋の脇に寄り、座りこむ。
 これで、あちらからは壷の陰となって見ることができない。
 そっと様子をうかがうと、男が去っていくところだった。
 ヒノエの正体に気づいたようで、逃げるようにして姿を消す。
 少女はヒノエに礼を言っているようだ。
 ここからでは会話は聞き取れない。
 彼のことだから甘い言葉を並べているのだろう。
 ヒノエの話術は巧みだと、は幼いころから知っていた。

 数人、駆けてくる者がいる。
 短髪の男、尼削ぎの女に垂髪の少年。
 白龍の神子とされる少女と行動を共にしている人たちだ。
 少女の知り合いだと思われている譲。
 黒龍の神子であろう梶原朔。
 そして、龍神の片割れと同じ名を持つ白龍。
 想定外の形ではあったが、こうして対面は叶った。
 ヒノエは必ず新たな情報をつかんでくるだろう。
 自分は、待っていればいい。
 少し悲しいと感じたが、はそのときを待った。

 ヒノエが、眉をひそめた……?
 少女は目を見張る。
 幼き日より熊野の棟梁となるべく育てられた彼は、感情を表に出さずにいられる。
 公式の場などの、取りつくろう必要があるときのために。
 その少年が複雑そうに顔を歪めた。
 何があったのだろう?
 の心に不安がつのる。
 少女は主の変化には敏感だった。
 握り合わせた手のひらに汗がにじむ。
 どうしよう……と思っていると、ヒノエと視線が交わる。
 周りの人間に気づかれないほどかすかに、首が横に振られた。
 『オレは平気だから、出てくるな』
 おそらくそういう意味だろうと、は感じ取る。
 彼がみんなに向けて不敵な笑みを浮かべる。
 いつもなら安心できる表情にも、の気持ちは晴れない。

 そのとき、黒い影が見えた。
 ――武蔵坊弁慶だ。
 頭から闇色の袈裟をかぶっている、と五条の人たちに聞いていた。
 幼少のうちに比叡に預けられ、熊野に戻ってきたのは数度のみ。
 最後に見たのは代替わりの前だったか。
 と、弁慶がこちらを向く。
 一瞬、目が合った気がした。
 少女の鼓動が跳ねる。
 ありえない。
 は今、隠れているし、気配だって消している。
 烏としての能力は幼いころより鍛えられていた。
 分かるわけがない。自分の気のせいだ。
 そう思いこもうと努力する。
 青年も龍神の神子たちに合流した。
 ヒノエが露骨に嫌そうな顔をする。
 そういえば彼は弁慶を苦手としていた、ということを思い出す。
 なぜかそのことに安堵した。

 神子たちが動き出す。
 どうやら移動するようだった。
 これで終わる……とそっと息をはくが、そんな簡単にはいかなかった。
 ヒノエまでが一緒に行ってしまう。
 え!? と声を出しそうになるが、なんとかこらえる。
 場所を変えて話を聞くことにでもなったのだろうか?
 言われたとおりにここで待つか、後を追うか。
 迷っていると彼がふり返った。
 くいっと顎を、を促すように前方に向ける。
 『ついてこい』
 ということだろう。
 少女は気づかれないよう注意をしながら、一行を追った。
 龍神の神子たちと話しながら進むヒノエ。
 その後ろ姿に、不思議な喪失感を覚えながら。


 ******


 梶原邸、南門。
 そこにふらっと現れる者あり。
 門兵に軽く手をふり、門を出る。
 しばらく歩き、ある木の前で止まった。
 そして幹に寄りかかり、腕を組む。
「おい」
 小さく、一言。
「はあ〜……。
 やっと息が吸えました〜」
 途端に緊張の糸がゆるむ。
 後をつけ、みなが梶原邸に入っていったことを確認してから、近くの木に登った。
 ここからなら人の出入りがすぐに分かるし、屋敷の中の様子も少しはうかがえたから。
 それからずっと、ヒノエが来るのを待っていたのだ。
「というかヒノエさま、良く分かりましたね!
 一応、気配消してたんですが……」
 先程の弁慶のこともあるから、自信なげに言う。
 もちろん、真下にいるヒノエにしか聞こえないような声音で。
「ちゃんとついてきてたのは分かってたからな。
 隠れるところっつったら、ここしかねえ」
 なるほど、とは納得する。

「簡潔に言う。
 オレは龍神の神子らと一緒に行動することになった」

「っ!!?」
 大声を出しそうになって、あわてて飲み込む。
 言われたことが突然すぎて、現実として理解できない。
「ど……どういうことですか?」
 やっと出てきた声はかすれていた。
「そのままだ。
 詳しいことはこの紙に書いてある。
 そのとおりに行動しろ」
 淡々とした声音からは感情を読み取ることができない。
 訳が分からなかった。
 何もかもが唐突な出来事で、どう対処していいのか分からない。
 けれど少女は、烏だった。
 主の命令は、絶対。

「……はい」
 はなんとか返事をした。
 京邸に戻っていく赤い髪の少年の姿を見ながら、胸の痛みに顔をゆがめた。



 今まで味わったことのない喪失感。
 少女はその感情の名前を、まだ知らなかった。








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 ようやっと神子たちに出会いました。
 ヒロインおいてきぼり注意報!!
 烏ですから、出会いだって隠密行動かな? と思いまして。
(2006/11/23)