九幕 未解




 ヒノエが木の根元に置いていった紙には、こんなことが書いてあった。

 『白龍の神子を守る八葉に選ばれた。
  離の卦で天の朱雀。
  八葉は今のところ、九郎、ヒノエ、弁慶、譲、景時。
  白龍の神子と譲はこことは異なる世界から来たらしい。
  もう一度、二人の神子と八葉たちのことを調べてほしい。
  子細もらさず、どんな噂も逃すな。
  明後日の未の刻ごろに話を聞きにいくから、それまでに必ず情報を集めろ。
  鳴を熊野に帰すって話は、とりあえず保留にする』
 そして最後の方につけたしのように。
 『オレがいない間は鳴のところにいろ。
  情報もそこで聞く』

 幾度となく文を読み、は折り目がついていたとおりにたたんでいく。
 小さくなったそれを胸元に大切そうにしまい、必要最低限の荷物をまとめ始める。
 鳴のところに行くように、というのはおそらくのことを考えてだろう。
 一人で寂しくないように。
 その気づかいが、泣きたいくらい嬉しかった。
 自分のことをかまっている暇などないだろうに。
 龍神の神子伝説に出てくる八葉は少しだけ知っている。
 白龍の神子の盾となり矛となる男たち。
 青龍、朱雀、白虎、玄武が陰陽二人ずつに力を与え、八人。
 そんなものに選ばれたのだから、大変なはずなのだ。
 急に遠くの人になってしまったような感じがして物悲しいような気もする。
 けれど今は、優しい主のために力を尽くそうと心に決めた。


 ******


 同日、鳴の隠れ家にて。
「ということで、お世話になります!」
 文を見せ、は頭を下げる。
「ええ、よろしくね」
 鳴は快く迎えてくれた。
「それにしても、大変なことになったものね。
 八葉だなんて」
 文を返し、彼女は言う。
「大変なのはヒノエさまですよ!
 だから私、あの方のためにもがんばって調べないと!!」
 握り拳を作って話す少女に、鳴はにこやかに語りかける。
「やる気があるのはいいことだけど、もう少し肩の力を抜きなさい」
「……」
「あなたのがんばりたい気持ちは良く分かるわ。
 だからこそ、いざというとき大切なことに気づけるよう、落ち着きなさい」
 穏やかな声に、自分は焦っていたのだと気づく。
 彼の役に立ちたくて。
 は二回、深呼吸をする。

「気づくといえば、どうして彼がもう一度調べなおせと命令したか、分かる?」
 鳴はなぜか困ったような顔で笑う。
「いえ、分からないです」
 それは文を読んで、初めに不思議に思ったことだった。
 情報収集には必ず目的がある。
 弱味を握るため、だとか。
 虚偽だと証明するため、だとか。
 仲間の弱点を知ることは、おぎなえるようにするため必要なことかもしれない。
 けれどそれだけとは思えなかった。
 自らが八葉に選ばれたのだから、『龍神の神子』の噂は本当だったと分かっているだろう。
 疑う余地はないはずだ。

 ヒノエを信頼しきっている少女は、疑問をあまり気にしていなかった。
 主には深遠な訳があるのだろう。と感じたから。
 鳴に問われて、初めて不思議になってくる。
 いったい彼には、どんな考えがあるのだろうか?

「ヒノエ様はね、あら探しがしたいだけなの」
 返ってきた言葉に目を丸くする。
 どういうことだろう?
 少女の疑問に気づいたのか、彼女は話を続ける。
「彼だって神職なのだから、一目見れば本物だと分かったはずよ。
 それでも今まで疑っていたのは、単に認めたくなかっただけ」
 言われてみれば、そうだ。
 熊野別当であるヒノエであれば、会ったとき神気を感じるはず。
 そのときに何も言わなかったのは、鳴の言う通りだからだろうか。
「けれどもう疑いようはないものね。
 腹いせに弱味でも握ってやろう。という魂胆よ」
 くすくすと笑みをもらして言った。
「ヒノエさまは白龍の神子さまがお嫌いなんですか……?」
 彼はむやみに人を嫌うことなどないと思っていた。
 それは勝手な思い込みだったのだろうか?
 けれど鳴は簡単に答える。
「そうではないわ。
 彼が熊野別当だから、龍神を簡単には受け入れられなかったのね」
「?
 良く分かりません」
 少女は首をかしげる。
 熊野別当だからといって龍神を信じてはならない決まりなどないはずだ。
 むしろ神に仕える立場なら、疑うことなどあってはならない。

「だから、熊野神を信じているからよ」
「あ……」
 やっと理解できた、とは両手を合わせる。
「龍神さまは客人神だから、ですか?」
 ずいっと近寄って、訊く。
「ええ、そうよ。
 まったく変にこだわっているのだから、子どものようね」
 鈴を転がしたような笑い声をあげる。
 は予想外の真実に呆気にとられる。
 あの夜、どこか様子がおかしかったのは、なるほどそういうことか。
 熊野信仰は昔から脈々と伝わってきた、古来からのもの。
 対する京は唐の都・長安を模して作ったのだ。
 そこを守る龍神も当然、異国の神。
 当たり前のことだし、悪いことだとも思わない。
 神は神なのだから。
 それでもヒノエがなかなか認められないのにも理由があるのだろうと、少女は考えこむ。
「ヒノエさまは、責任感が強いですから」
 そう、彼は根が真面目なだけに、責任感が強い。
 だからなのではないかと、は言う。

は本当にヒノエ様の肩を持つのね」
 ため息混じりのその言葉に、少女はきょとんとする。
「そうですか?」
「ええ、いつもそうよ」
 即答され、困ってしまう。
 そんなつもりはなかった。
 けれど彼女が言うのなら間違いはないのだろう。

「だって私、ヒノエさまの烏ですから」
 悩んで、一番分かりやすい答えを言う。
「それだけ?」
 優しく問われ、は縮こまる。
「……分かりません」
 答えにあまり自信がなかった。
 幼い少女は、自分をかえりみるということが苦手だった。
「素直でいいわね。
 でも、考えておいた方がいいわ。
 どうして彼を想うのか、ね」
 笑顔で言う鳴には頷いてみせる。

「はい」



 ただ彼の役に立ちたいと、ずっと思っていた。
 その理由は、このときの少女には、まだ難しいものだった。








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 これからオリジナルキャラ出張ってきます。
 ってことで、先に謝っておきます! すみません!!
 だんだん切なくしていけたらいいなあ。
(2006/12/4)