出会いました





 三人の通う高校からの帰り道、よく見知った顔と出会った。

「あれ、お兄ちゃん」
 駅にいたのは下の兄だった。
 知らない男性二人と一緒にいて、三人とも服やら日用品やらが入った買い物袋を持っていた。
 中には食品も混っていたので、は買い出しに行く手間が省けたと密かに喜んだ。
、迎えに……って言うとちょっと違うか」
「買い物ついでに待ってた、って所?
 別にいいよ。嬉しい」
 えへへ、と笑うと譲も笑みをこぼして、荷物を持っていない右手で少女の頭を優しくなでる。
 兄に甘えられて満足げにしていると、ふいに自分に向けられている視線に気づく。
 譲と共にいた、赤い猫っ毛の少年と紫紺の長い綺麗な髪の少年だ。
「その人たちは?」
 首をかしげて問うと、譲も視線に気づいたようだ。
「ああ、こいつらは……」
 譲が説明するよりも先に、

「お前が譲の妹君かい?
 これはまたずいぶん可愛らしい姫君だね。
 オレの名前はヒノエ。
 姫にお目にかかれて光栄だよ」
 譲を押し退けて前に出てきた赤毛の少年は、の手を取りそう名乗った。
 聞き慣れない言葉の数々に、口づけされそうだった手を思わず払って、

「お……お兄ちゃん、この人変」

 無礼極まりない発言をしてしまうのだった。


 ******


 それから四人は話をしながら帰路についていた。

「あ、あんなに笑わなくたっていいじゃないですか」
 怒るでもなく笑い飛ばしたヒノエに謝らずに、はふて腐れていた。
 兄たちと望美と自分の四人分のカバンは重いだろうと言われ、譲の荷物は本人に渡した。
 本当は彼らの持っていた買い物の量が多かったから遠慮したかったけれど、言い出したら聞かないのは自分が良く知っていたから。
 何より、一番うるさかったのはヒノエだった。
 いわく『女性に重いものを持たせておくなんて男じゃない』だそうだ。

「まさかあんな反応が返ってくるなんて思わなくてね。
 新鮮で良かったよ」
 またぶり返したように笑みをもらしてヒノエは言う。
 一々慣れない言葉に顔をしかめてしまうのは、が子どもだからなのだろうか?
 それすらも相手を面白がらせるだけなのかもしれない。
 けれど、どう対応したらいいかなんて分かるはずがないのだ。
 今までまったく周りにいなかったタイプだったのだから。
「嫌味ですか?」
「まさか。本心だよ」
 にぃ、と不敵な笑みをはく。
 悪ガキの大将だ。との頭の中にインプットされた。

「ヒノエ、そのくらいにしておけ」
 譲が二人の間に割り込み、助け船を出してくれる。
 心配性な兄はこういう時も健在だ。
「へいへい。案外シスコンなんだな、譲も」
「……いつの間にそんな言葉を覚えて来たんだ」
 からかうように言うヒノエに、譲はため息混じりに呟いた。
 言葉の違和感に少女はくすっと笑う。
「お兄ちゃん、それじゃ子どもに対して言ってるみたいだよ」
 まるで譲がヒノエの親であるような言い方ではないか。
 がそう指摘すると、譲は「あんまり変わらないけどな」とぼやき、ヒノエは「こんな親は御免蒙りたいね」と苦笑した。
 二人の言葉には今度こそ首を捻りたくなる。
 何が『あまり変わらない』のだろう?

「その様子だと、兄さんがちゃんと説明しなかったんだろう」
 息をついて譲はいつものことだ、とばかりに言った。
 上の兄の起こした問題事の尻拭いの半分以上は、彼がこなしてきていたのだ。
 縁の下の力持ち、というやつだろう。
「説明? いつの間に家に帰ってたかとか?」
 さしあたって思い当たることと言えばそれくらいで、少女はそう尋ねた。
「それもあるけど、もっと大切なことがあるんだ」
「大切な、こと?」
 譲の声が真剣そのものだったから、も思わず神妙な面持ちで聞き返す。
 唾を飲み込んだ音がやけに大きく響く。

「そ。たとえばオレが姫君と一つ屋根の下で暮らすことになる、とかね」

 重い空気をものともせずに明るく言い放ったのは、やはりというか悪ガキ大将ヒノエ、その人であった。
 言葉を理解するのに数秒、助けを求めるように兄に目を向けるのに更に数秒を要した。
「…………嘘、だよねぇ?」
「……と言ってやりたいところなんだけどな」
 苦々しそうな顔で譲は顔を背けた。
 否定をしないということは詰まるところ肯定を表す。
 と、頭が認識するまでに軽く十数秒がかかった。
「え、えぇ!?
 なっ、そんな、だっ……ぅえぇ!?」
 良く分からない音の羅列を口にする少女をヒノエはおかしそうに見ていた。
「姫君との仲を深める絶好の機会だと思うと、嬉しいものだね」
「私は嬉しくないっ!!」
 が即答すればヒノエは更に声を上げて笑った。
 完全に向こうのペースだ。
 何だか無性に悔しくなって、は握り拳を作って彼を睨んだ。
 自分がそんなことをしたところで迫力などないと、分かってはいたが。


「ヒノエ、女性を困らせるのはどうかと思う」
 今までずっと静かだった、人形みたいに綺麗な少年の良く通る低音がヒノエを制す。
 三人が話しているときも特に混じろうとはしていなかったから、正直驚いた。
 透き通った水のような存在の危うい人だ。となぜかは感じた。
「これくらいは軽口の範囲だろ?」
殿が居心地悪そうにしていることを察してやってはどうだ」
 穏やかそうに見えて結構手厳しいらしい。
 う、とヒノエが声を詰まらせたのを見て、少女は素直にすごいと思った。
「あの、ありがとうございます。
 あなたも、居候さんなんですか?」
 助けられたことにお礼を言ってから、尋ねる。
「ああ、そうだ。
 申し訳ないことだが……」
「い、いえ! 気にしないでください」
 謝る態勢に入った彼にビックリしての方が腰が低くなってしまった。
「お兄ちゃんたちがそう決めたなら私は構わないし、うん」
 自分で確認するように告げて、兄を見やる。
 譲は明らかにほっとした様子で、が反対したらと心配していたことが伺えた。

「よろしく、ですね。……えっと」
 きちんと挨拶をしようと思ったのだが、早々に言葉に詰まる。
 考えてみればまだ名前を聞いていなかったのだ。
 がなぜ止まったのか気づいたらしく、少年は「ああ」と声をもらした。

「私は平敦盛だ」

「え……」
 聞き覚えのある名前には目を見開く。
 しかも、知っているどころではない。
 平敦盛と言えば、国語の授業でも習ったことがある。
 更に読書の好きなは歴史系の本でも読んだことのある名前だった。
 少女はあわてて兄を振り返った。
 譲は言いづらそうに口ごもった後、

「話すと長くなるから……とりあえず、一旦家に帰ってからにしよう」

 そう言って、もう目の前まで来ていた家を指差した。








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 若き恋敵の三人です(笑)
 「いつ君」のせいか、このヒノエが新鮮で仕方ない。こっちが普通なんでしょうけど……。
 でも、こういうのも書いてて楽しいです。
(2008/9/11)