論破しましょう
「つまり、望美ちゃんが白龍の神子ってので、この人がその神様で、朔さんが対の神子で、お兄ちゃんたちが望美ちゃんを守る八葉?」
これでOK? と望美たちに向けて人差し指を突き立てる。
「そ! で、こっちの世界の歴史に似た世界に行ってたの。
……信じてくれる?」
小首をかしげて不安そうに望美は尋ねてきた。
将臣はちらりとこちらを一瞥し、譲は固唾を飲んで見守っている。
そんな彼らにはにこりと笑んで、
「もちろん信じるよ」
と断言した。
良かった、と望美はほっと息をはき、回りにいた皆も胸をなで下ろす。
「大体、将臣お兄ちゃんならありえるけど、望美ちゃんや譲お兄ちゃんがこんな嘘つくなんて思えないもん」
は朗らかに遠回しに上の兄を罵倒する。
確かに、と譲は吹き出し望美は声に出して笑った。
将臣一人がつまらなそうな顔を作る。
「んだよ、その含みのある言い方は」
彼はお返しとばかりにくしゃりと少女の頭を掻き回した。
自分が知っている兄より少し大きくなっていた手のひらの感触に一抹の寂しさを感じたけれど、は気づかぬふりをした。
「もう、二人とも相変わらず仲良いんだから。
心配して損した!」
望美の安堵の笑みもどこか少し大人びている気がする。
「慣れないことはするもんじゃないよ、望美ちゃん」
気にしては駄目だ。寂しいなんて思ってはいけない。
自分の感情に蓋をして、は笑う。
皆は大変な思いをして、やっとこの平穏を手に入れたのだ。
自分が彼らの気を煩わせるわけにはいかない。
元気で、底なしに明るい、妹でなくては。
「とても仲が良いのですね」
自己紹介で武蔵坊弁慶と名乗った男がにこやかに間に入ってくる。
「望美ちゃんはお姉ちゃんみたいなものだから。
あ、あっちでは望美ちゃんとお兄ちゃんがお世話になりました」
「それは景時に言うべきことですね」
と言って弁慶は景時に視線を投げかけた。
それに従い彼に目を向け、深く頭を下げる。
「じゃあ景時さん、ありがとうございました!」
「どういたしまして、ってね♪
いや〜、ちゃんはお行儀がいいんだね〜」
照れながらも礼を受け、を褒めた。
そんなことないです、と少女は手を振って否定する。
「兄上とは大違いね」
との朔の手厳しい言葉に、
「そりゃひどいよ朔ぅ〜」
景時は大げさに嘆き、も心から笑うことができた。
「それで、将臣くんたちの家で預かってもらうってことで、いいんだよね?」
望美が改めて最終確認をする。
「ああ」
「構いませんよ。初めからそのつもりでしたし」
「まあしょうがないよね」
人数には驚いたけれど、他に住めるところもないし、それが妥当なのだ。
ちょうど正月明けまで両親は帰ってこないし、いい暇潰しになるかもしれない。
三者三様の返答に、じゃ、決まり♪ と望美は笑顔で手を打った。
「……で、さっきから気になってるんだけど」
話が一段落したところでは口を開く。
「九郎、さん?
何か怖いんですけど……私、怒らせるようなこと、しました?」
恐る恐る、ソファーで正座している九郎に声をかける。
先ほどからずっと、突き刺さるような視線を感じていたのだ。
喩えるなら、殺気。
幾分か和らげて表現しても、警戒のまなざしがいいところだろう。
「何のことだ?」
きょとん、と本気で訳が分からないという顔をする。
それでも眉間のしわの深さは変わらない。
「や、ずっと睨まれてた気がしたので」
自覚なし?
それにしても、もう少し和やかな空気を作ってほしいものだ。
どうしてこちらが怯えなくてはならないのだろう。
「何だよ九郎、惚れたか?」
「んなっ!!?」
「ちょっ、なに言ってんのお兄ちゃん!
九郎さんに失礼でしょ!?」
将臣の爆弾発言に九郎は声を詰まらせ、は声を張り上げる。
聞き捨てならないではないか。
自分なんかに惚れたと勘違いされては九郎が可哀想だ。
という殊勝な考えは、
「そうだぞ将臣!
何だって俺がこんな子どもにっ!」
九郎の抗議を聞いた瞬間に、跡形もなく消え失せた。
「……へぇ〜、九郎さんって年で差別するんですね」
少女の九郎を見る目が急に蔑むようなものに変わった。
声がワントーン下がったことにも気づかない彼は、堂々と否定の言葉を口に出す。
「誰もそんなことは言っていないだろう」
くすりとは口許に笑みをたたえ、
「だってそうじゃないですか。
はっきり否定しないのは図星だからですよね。
それにあっちの世界なら私くらいの年齢でお嫁さんになってても、全然おかしくないでしょうに」
つらつらと自分の意見を並べた。
「それは、そうだが……」
九郎が言葉を詰まらせる。
源氏の大将はとかく討論に弱いらしい。
自尊心を傷つけた責任くらいは取ってほしいものだ。
「しかも私、譲兄と一歳しか変わらないんですよ?
外見で判断してる証拠ですよね」
人は断定形に弱い。
自らの意見に絶対の自信を持っていることが少ないからだ。
ほんのちょっとでもスキがあればそこから論破できる。
こう言うのも何だがディベートは得意だ。
「どうしてそうなる!」
我慢ならなくなったのか声を荒げる。
苛立った人間は得てして判断能力が鈍るものだ。
もうが勝ったようなものだった。
「じゃあ違うって言い切れるんですか?
咄嗟に出た言葉ってその人の本心なんですよ。知ってました?」
「くっ……」
馬鹿にしたような問い掛けに九郎が唇を噛む。
人一人殺せそうな睨みも、今はもう怖くも何ともなかった。
「さん、もうその辺にしておいてあげてください。
九郎は舌戦が苦手なんですから」
弁慶の穏やかな制止の声。
仕方ない、今回はこのへんにしておこうか。
ふうと息をつき、最後の決めとばかりに口を開く。
「それで良く源氏の大将なんてできましたね。
あ、周りが優秀だったんだ」
わざと新発見、とばかりに手を合わせる。
九郎の苦虫を噛み潰したような表情にしてやったりな笑みを浮かべた。
けっこう癖になりそうだ、とぼんやり思いながら。
「ちゃん〜、それ以上は九郎が泣いちゃうよ」
「これくらいで泣くような大将じゃ部下がついてきませんよ」
そういう景時の方が泣きそうだ、とは口に出さないことにした。
借りがあるのは九郎であって彼ではない。
景時を悲しませるのは本望ではないのだから。
そのためには九郎いじめもほどほどにした方がいいのかもしれない。
「姫君は峻烈だね」
ヒノエが楽しそうに口はしを上げて近づいてくる。
そういうところも素敵だよ、と相変わらず一言多いのはどうにかならないのだろうか。
「人を見かけで侮る人が許せないだけ」
馴々しく肩を抱いたヒノエの手を思いきりつねり、は言う。
そう、それだけだ。
自分が子どもだと言うだけで見くびられたのが頭に来ただけだ。
……別に、恋愛対象に入らなかったことに腹が立ったわけでは、断じてない。
******
「はは〜、やっちまったな、九郎」
一人で敗北に打ちひしがれていたところに、将臣が脳天気に声をかけてきた。
「む。何をだ」
いったい何がいけなかったのか。
九郎にはそれが分かっていなかった。
「ちゃんって平均よりも身長低いし、年より幼く見られがちなの気にしてるの」
望美が九郎も内心で思っていたことを話す。
そう、あんなに小さくて、触れたら折れてしまいそうな姿をしているのに。
どこからあんな辛辣な言葉が出てきたのだろうか?
は謎だらけだ。
「それについてからかった男子を口で泣かしたことが……過去八回、でしたね」
口喧嘩も今のところ負けなしだったはずですよ、と譲は付け足した。
はぁ?、九郎は思わず声をもらす。
泣か、した?
あの小さな体で?
ありえない、と思ったが先ほどのやり取りを思い返すとそうでもないかもしれない、と考え直した。
言葉には体の大きさなど関係ない。
まるで弁慶のようだ。あのあどけない少女とは似ても似つけない腹心を見やった。
彼は、君も困ったものですね、と言いそうな苦笑をよこしてくる。
「逆鱗に触れたな。ま、精々がんばれ」
ぽん、と肩を軽く叩いて将臣は向こうに行ってしまう。
龍の一枚だけ逆さになっている鱗に、どうやら自分は触れてしまったらしい。
「どうしろと言うんだ……」
ただ、初めて見る少女が気になっていただけなのだ。
小さくて、あどけなくて。
大勢の中で埋もれてしまいそうなはそれでも健気に笑んでいて。
たどたどしく敬語を使う様がどこか危なっかしくて。
つい目で追ってしまっただけなのに。
だが、気にしていたことを言ってしまったのは、きっと自分が悪かったのだろう。
それだけは後で謝っておかなければ、と心に決めた。
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舌戦編。やっと絡ませられました。
ヒロインの台詞がすらすら出てきたのは、性格の悪い証拠でしょうか?
九郎は素で目つき悪いと思ってます。
(2008/9/11)